令和三年十一月、著者は出雲地方を旅してきました。
この地方では「神在月」と呼ばれるその時節。 有名な出雲大社では毎年『神在祭』という重要なお祭りが執り行われています。
『神在祭』は八百万の神々を、
稲佐の浜でお出迎え、
出雲大社でおもてなし、
万九千社でお見送りする、
という、「出雲の国譲り」神話の時代から続くと云われる神事です。
万九千神社は、今回シリーズで紹介しております『神在祭』の締めを飾る重要なお社です。
著者も今回の旅でそのようなお社を参拝してきました。
この記事では、 万九千神社参拝時の現地レポートや、 事前事後に調べたことなどを、 つらつらと綴っていきたいと思います。
今記事が、これから万九千社を参拝される皆様の一助となれれば幸いです。
万九千社への行き方
鉄道駅からけっこう離れた場所に在るので、旅行者は少し行きにくいかもしれません。
リムジンバス出雲空港線を使えばバスで行けないのですが、飛行機の発着時間に合わせた一日数本程度の運行状況です。
それを当てにしては旅行スケジュールを組みづらくなってしまいます。
よって旅行者が万九千社を目指すとき、レンタカーを借りている場合を除けば、
最寄りの
JR大津町駅
から
- 徒歩
- タクシー
の2つの手段の内どちらかを選択することになります。
徒歩
最寄駅の『大津町駅』から距離 約1.9km。
健康な成人男性の足で20〜30分程度かかります。
途中、『神立橋』という、車の交通量が多く、結構な長さのある大橋を渡ります。
車道と歩道は柵で仕切られているので安全ですが、北側の山から吹き下ろす強風と、大型トラックなどが巻き起こす風が入り乱れて、すごく歩き難かった印象です。
著者の短めの髪すらボッサボサになったので、飛ばないように工夫した帽子が必須かもしれません・・
地図のルートを通る方が、車が少なくてストレスも少なめです。
でも道中の景色は最高で、橋以外では特に疲労も感じず歩くことができました。
タクシー
『大津町駅』前で客待ち中らしきタクシーが数台停まっていました。 運賃を伺うと
900〜1,000円程度
とのこと(教えて下さった運転手さん、冷やかしになってしまいごめんなさい・・)。
複数人での旅ならかなり安いと思います。
これは私見ですが、全体的に出雲地方のタクシーは割安な印象がありますね。
万九千社とは
先述の通り、出雲地方の重要なお祭りの一つである『神在祭』の、締めを飾る、云われる神社です。
平安時代中期に編纂された『延喜式』の中の神名帳にも名が記されているため、少なくとも 千三百年以上の歴史を持つ神社、 ということになります。
御祭神
境内にある由緒には、祀られる神々は、
- 櫛御気奴命(くしみけぬのみこと)
- 少彦名命(すくなひこなのみこと)
- 大穴牟遅命(おおなむちのみこと)
- 八百萬神(やおよろずのかみ)
とあります。
櫛御気奴命(くしみけぬのみこと)
先頭の櫛御気奴命を調べてみたところ、どうやら熊野大神(つまり須佐之男命)と同神のようです。
神御名の 「くし」は「奇霊」、 「みけ」は「御食」 を意味すると思われるので、 神在月に出雲に集う神霊(神々)に御食(食事)を提供する神様、 もしくはお社なのでしょう。
少彦名命(すくなひこなのみこと)
その神御名を記紀などに関する情報を漁っていると割りと目にします。
記紀では神産巣日神(かんみむすひのかみ)の子とされており、ヲシテ文献でもそのように記されています。
ーーヲシテ文献に記される「タカミムスヒ」と「カンミムスヒ」ーー
ヲシテ文献の中で「タカミムスヒ」、「カンミムスヒ」は、記紀とは少し違う描かれ方をしています。
記紀ではアメノミナカヌシに続き世界に顕現した神として上記の二柱は描かれています。
しかしヲシテ文献では、
「タカミムスヒ」は、キノトコタチを祖とする一族の末裔が代々受け継いだ役職のように描かれています。
「カンミムスヒ」は、六代目「タカミムスヒ」となるヤソキネ(白山神)が初代として襲名した称号、とあります。
子のタカキネに「タカミムスヒ」の位を譲った後に襲名したようなので、
「天皇陛下に対する上皇陛下」
のような意味合いを持つ称号だったようです。
ちなみに日本書紀では少彦名命は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の子とされていますが、ヲシテ文献から紐解けば「どちらも正しい」ということになります。
※ ただし、ヲシテ文献は公には「偽書」という扱いにされています。
大穴牟遅命(おおなむちのみこと)
大国主命と呼ばれることが多い神様です。
ちなみに先述のヲシテ文献では、「大国主」は出雲國を代々治めた君主を指し、スサノヲの子孫そして描かれています。 オホナムチはスサノヲの子に当たります。
八百萬神(やおよろずのかみ)
神御名の通り、特定の一柱を指すのではなく、「神在祭」に出雲に集結する神々を指すのだと思われます。
万九千社とはどのようなお社か
万九千社の創建については古すぎてよく分からなくなっているようです。 万九千社の公式サイトによると、 『出雲國風土記』に『神代社』という社名で登場する神社が、現在の万九千社である、と伝えられているとのこと。 なので、少なくとも『出雲國風土記』が編纂された奈良時代以前からの歴史を持つ神社であることは間違いないようです。
社が鎮座する地域は古代より「不動の霊地」とされていたようで、「御神領(神の領地)」を意味する「神戸」の名が与えられていました。
ネズミ像?
境内のあちこちにかわいいネズミの像がありました。
「なぜネズミ・・???」
と思いましたが、どうやら記紀などで描かれる大国主命神話が元になってるようです。
神話の中で、大国主命は須佐男命から試練を受けます。
その最終試練で野原に火を放たれ囲まれるのですが、そこを助けたのがネズミです。
御由緒などには記載がないですが、ひょっとしたら万九千神社周辺がその神話の舞台とされているのでしょうか・・・
社殿について
現在のお社は平成二十六(西暦2014)年十月に136年ぶりに建て替えられました。
まだ10年も経ってないので、社殿は若い木の色を帯びていてとても綺麗でした。
その時に正式にこの地に遷宮もされた、とのことです。
ご利益(御神徳)
八百万の神々が、神在祭の最後に酒宴を催す神社だけあって、先ず日本全土の
『天下泰平』
を祈るべき神様のようです。
因みに『天下泰平』はどこの神社に行っても先ず祈るべき祈願です。
他のどんな私事を願い叶ったところで世が平和でなければ意味をなしませんからね・・・
農や漁猟、商売に関する願い事にも強い神様と云われています。
社務所の様子
受付時間
社務所に居られた神職さんに伺ったところ、
ご祈祷等の受付は、
9:00~16:00頃まで。
御朱印やお守り等の授与は、
「社務所に人がいればいつでも」
とのことでした。
今回授与された御朱印
その時期は新型ウィルス禍が落ち着いていた時期でしたが、その場で手書きしていただける御朱印ではなく書き置きのものを頂きました。
境内併祀される『立虫神社』について
万九千社境内に併 祀られる主祭神は須佐之男命の御子であられる、
- 五十猛命(いそのたけるのみこと)
- 大屋津媛命(おおやつひめのみこと)
- 抓津媛命(つまつひめのみこと)
の三柱、
配祀神として、
- 大穴牟遅命(おおなむちのみこと)
- 伊弉冉尊(いざなみのみこと)
の二柱が祀られています。
『立虫神社』とはどのような神社か
元は斐伊川の中洲という地域に鎮座していた地元の氏神様を祀る神社だったようです。
洪水の影響で江戸時代前期の寛文十年に現在の万九千社境内に遷されました。
こちらも『出雲國風土記』と『延喜式』に登場するほど古い歴史を持つ神社です。
主祭神筆頭に書かれている五十猛命とその二柱の妹神は木種を持って天降っています。
その木種を日本中に撒き、植林をし、葦だらけで沼地が多かったこの国を緑豊かな森の国にした、と伝えられています。
この国の物理的土台を築いた神様とも言える重要な神様なので、その御名が祀られる神社を日本各地に見かけます。
近隣で休憩できる場所(近隣の様子)
残念ながら万九千社近辺(半径1km以内)にカフェなど休憩できそうなお店はないようです。
徒歩の場合は水分補給が必要な距離なので、途中の自販機かコンビニで買われて行くことをお勧めします。
鳥居の目の前にたい焼きを売っている屋台がありました。
大きなお祭りのシーズンだけお店を出しているようです。
神社のすぐ東側にベンチのある公園のような場所があったので、場所を汚さないように気をつけながら、たい焼きはそこで頂きました。 疲れていたので甘味は本当に助かりました。
敷地内に伊勢神宮の遥拝所があったので、参拝。 「お伊勢参り」のときを思い出してまた伊勢に行きたくなりました(お伊勢参りはそんな何回もするものではないそうですが)。
まとめ
今回は「知る人ぞ知る」という感じの重要な神社、 『万九千社』 を紹介していきました。
まとめると万九千社は、
- 八百万の神々が『神在祭』の最後に立ち寄る神社
- 『神在月』最後に神々が「御饗」という宴会を開くと云われる
- 創建期が不明なくらい古い神社
- 公共交通機関で行くのは厳しく、徒歩でも結構距離がある
- 近隣に休憩できそうな飲食店がない
以上の点を考慮して行くと、より良い参拝になりそうです。
この記事が、これから万九千社を参拝される皆様の一助になれれば幸いです。