ぼちぼち亀の歩の如く投稿を進めている今シリーズ。
前回の出雲大社に続き5回目に登場するのは、
『日御碕神社』。
この神社を令和三年、出雲地方では『神在月』と呼ばれる旧暦十月、現代の暦の上では2021年11月16日に、著者は訪れました。
近くには、石造灯台として日本一の高さを誇る、国際航路標識協会(IALA)から「世界灯台100選」にも選ばれている、有名な
『日御碕灯台』
もあるので、ご存知の方も多い神社かと思われます。
旅行後調べてみるとこの神社、その歴史の長さ故、不可思議で少し怖くもなってしまう伝承が多々残っていて非常に興味深い場所です。
時間がなくて、ほとんど事前調査できないまま参拝に行ってしまったのが悔やまれるほどに。
著者自身もこの地で
「プチ奇跡かも」
とも呼べそうな体験もしました。
なので現在、著者の「もう一度参拝したい」 神社リストの筆頭に位置します。
今回は、 そんな旅の感想と、 この『日御碕神社』について事前事後に調べたことを、 自身への備忘録も兼ねてお伝えしていきたいと思います。
日御碕周辺について
『日御碕』は島根半島の西端に位置する岬です。
西端に在るので、岬からは綺麗な夕日が見えることでも有名です。
行き方(アクセス)
車でなら20分前後で着く距離です。
出雲大社前からバスで行く場合、
一畑バス 日御碕線 日御碕灯台行き
に乗ります。
8:00の始発から19:00の終発まで毎日5〜6本程度運行されています。
ただし出雲大社から最終のバス(正門前19:02発)に乗って行くと、その日はもう日御碕から出雲方面に戻るバスはなくなるので注意が必要です。
日御碕周辺の携帯電話の電波感度
著者は、
- OCNモバイルone
- 楽天モバイル
上記2社の回線を契約しています。
今回この付近で通話はしていないので通信データのみの話になりますが、両回線ともほぼ問題なくつながりました。
日御碕灯台付近では多少不安定になるものの、アンテナ2本以上は常に立っている感じです。
MVNOのOCNモバイルoneが繋がったので、本家のドコモ回線も問題なく繋がると思われます。
意外なことに(かなり失礼ですね笑)楽天モバイルの方が電波が途切れることが少なかったように感じました。
速度は計測し忘れたのであくまでも体感でですが、日御碕周辺に限らず出雲、松江両エリアでは、OCNモバイルoneの回線より、楽天モバイルの回線の方が良く繋がっていた感じです。
楽天モバイルは回線を利用している人がまだ少ないせいかもしれませんね。
日御碕神社について
それでは今回のテーマ、『日御碕神社』について調べたことを少し綴っていこうと思います。
『出雲大社』の祖神(おやがみ)
出雲地方ではやはり『出雲大社』が一番有名な神社です。
しかし、この
『日御碕神社』
も、かの『伊勢神宮』と「対を成す」と云われるほどの重要な神社なのです。
『出雲大社』の祖神ともされており、こちらの方がかなり歴史が古いようです。
建国当初、出雲國の中心地はここ、日御碕だったのかもしれませんね。
戦国時代には朝廷はじめ、室町幕府や各地の武家からも崇敬を集めていたようです。
その証拠に神社に社宝として現存する宝物の多くがその時代に寄進されている物とのこと。
徳川が天下を治め、戦国の世が終焉を迎えた直後の三代家光の時代には、上下宮の御社殿や正面鳥居が将軍自らの命により建立されています。
以上のことから『出雲大社』に劣らぬかなり重要な神社であることは間違いないようです。
『上の宮』と『下の宮』
『日御碕神社』は、
- 上の宮『神の宮』
- 下の宮『日沉宮(ひしずみのみや)』
上記二社の総称です。
どちらも『権現造』と呼ばれる、拝殿と本殿がひと続きになっている建築様式で建てられています。
各々どのような御由緒のあるお宮なのでしょうか。
上の宮『神の宮』
スサノオノミコト(素戔嗚尊、須佐之男命)
が祀られている宮です。
母イザナミに会うために根の国に渡るも果たせなかった傷心のスサノオノミコトが、柏の葉を投げ自らの住処とすべき場所を占ったところ、この『日御碕神社』のすぐ裏手にある『隠ケ丘』あたりに葉が舞い落ちたため、この地を治めた、と伝えられています。
アメノカンタチノミコト(天神立命)の子で、スサノオノミコトの五世孫にあたるアメノフキネノミコト(天葺根命)が奉斎(慎んで祀ること)したと云われています。
下の宮『日沉宮(ひしずみのみや)』
天照大御神(アマテラスオオミカミ)
が祀られる宮です。
下の宮は、日没を眺められる日御碕に坐すに相応しく、
『日沉宮(ひしずみのみや)』 という宮の名を持ちます。
天のお告げ(神勅といいます)により、 「日の本の夜を守れ」 と託された神社だそうで、 「日の本の昼を守る」 伊勢神宮と「対を成す存在」であるとも云われます。
伊勢神宮には
『外宮(豊受大神宮)』
と
『内宮(皇大神宮)』
が在りますが、この『日御碕神社』と対を成すのは、おそらく同じく
天照大御神
を祀る内宮ではないか、と著者は推測します。
神の宮と共に 「最も過酷な場所にある国指定建造物」 と呼ばれるに相応しく常に海風に曝されており、何度も改修がされています。
後述しますが元々は、神社から少し東に在る『経島』の島内に祀られていたらしく、さらに過酷な環境に在ったようです。
『神の宮』の項でも御名を挙げた『天葺根命』が『天照大御神』から改めて神勅を受け、現在の地に遷された、とのこと。
社務所について
開所している時間
著者が御朱印をいただく時に社務所にいらした巫女様に伺ったところ、
日御碕神社社務所が開所している時間は基本、
9:00〜16:30
とのこと。
しかし、現在は新型ウィルス禍の影響があるので、
10:00〜15:00
の間に用事を伺えると助かります、とのことでした。
御朱印
現在、新型ウィルス禍が終息するまでは、予め書き置きしてある御朱印のみの授与となるそうです。
お守り
日御碕神社では、希少かつ一風変わったお守りを授与していただけます。
砂のお守り
毎日数量限定で授与されていて、社務所の前にあるお守りの見本にもありません。
社務所で直接尋ねた参拝者だけが頂ける希少なお守りらしいです。
ここのブログ主は午後イチ(13:30頃着)のバスに乗って行ったのですが、既に配布は終了していました。
出雲大社が『神在祭』のシーズンで、参拝客が多かったせいもあるかもしれませんね。
初穂料は500円からだそうです。
だるまみくじ
『だるまみくじ』というおみくじも授与できます。
手作りで、ひとつひとつ違うお顔をされているそうです。
こちらもなくなったら配布終了らしいのでこれまた希少。
だるまは持ち帰ることができます。
著者も頂こうと思ったのですが、その時は大きな荷物を出雲大社前駅のコインロッカーに預けてしまっていたため、ちっさい鞄しか持ってなく、掌サイズのだるま様すら嵩張って入らず、泣く泣く諦めました….
境内外の主な摂社・末社
『日御碕神社』は本宮の他にも多くの摂社・末社を管理しています。 その中の数社を紹介します。
『荒魂神社』
スサノオノミコトの荒御魂が祀られています。 荒御魂は『速』の字が冠されることが多いようで、
御祭神は、
『速素戔嗚尊(速須佐之男命)』
と成り代わるようです。
諸説ありますが、荒御魂は「開く」力に特化した御魂で、祈れば霊気(神のパワー)を受けやすい、と言われたりもします。
著者は『日御碕神社』を参拝中に突如雨が降られてしまい、追い立てられるように日御碕を後にしたため、今回は残念ながら参拝が叶いませんでした。
神様に「また来いよ」と言われたのだと解釈しております。
不思議な伝承が多い『稲荷社』
日御碕神社の境内に末社として坐す 『稲荷社』。
有名な京都の『伏見稲荷神社』と同じく倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)が祀られています。
御祭神の倉稲魂命も記紀に出てくる有名な神様で、穀物を主とした食物全般を司どる神として描かれています。
このお社にはひとつ不可思議な噂があるらしく・・
「参拝中に非礼があった参拝者は見つけることができない」
ということがネットなどで囁かれています。
著者はこの噂を旅行後に知ったのですが、よくわからないままお参りを済ませていました。
噂を信じるならば、非礼がなかったということのようでほっとしています。
海底遺跡伝説がある『経島』
日御碕神社から西へ数百m。
『経島』と呼ばれる無人島が在ります。
この島全体が日御碕神社の摂社とされており、宮の創建紀はここが『日沉宮』と呼ばれていたようです。
神社が禁足地と定めており、年に一度、八月七日夕刻に執り行われる
『神幸神事(みゆきしんじ)』
で許された数人の神職以外、この島に立ち入ることはできません。
無人島だけあって野生動物の住み心地は良いらしく、ウミネコがたくさん飛来します。
『経島ウミネコ繁殖地』として島自体が国の天然記念物にも指定されています。
そのような神聖視される島付近の海底に、人工的な遺跡と思えるようなものが発見された、との噂が主にネット界隈でチラホラ見受けられます。
特別に海底を調査したダイバーさんが人工物らしい遺跡を写真に収めて一部が公開されているようです。
DC9世紀頃に地震による地殻変動の痕跡も確認されているらしいので、もともと島根半島とを繋いでいた土地が沈み、経島として孤立した、という可能性もあります。
もともとは経島に在ったという『日沉宮』が現在の地に遷されたのも、その地殻変動が原因かもしれませんね。
興味を持っていろいろネット検索してみたり、図書館で文献を漁ったりしましたがこの説、著者にはどうも真贋ハッキリしないため、ここでは
「こういう噂があるよ」
くらいに留めておきたいと思います。
とはいえ、ここのブログ主、こういう都市伝説的な話が大好きなので、新しい情報を得たらこのブログで語っていきたいと思います(興味ない方は生温かい目でスルーしてあげてください笑)。
隠丘神社(神跡 隠ヶ丘)
こちらも著者が行こうとして行けなかったお社です。
前述の、根の国でスサノオノミコトが住処を占った際、占いに使った柏の葉が舞い落ちた場所だとされています。
かなり雰囲気のある場所みたいなので、次の機会には是非行きたいですね。
著者が体験したちょっとした奇跡
上下宮や十九社の参拝を終え、前述の『稲荷社』の赤鳥居を見つけたあたりから、「お狐様の嫁入り」よろしく雨がぱらつき始めました。
その後、社務所で御朱印をお願いし、待っている間も徐々に雨足は強まっていき、正面鳥居を潜って境内を出る頃には小雨な感じに。
急いで日御碕灯台に向かいましたが、灯台が遠くに見え始めた頃にはもう傘がないと濡れ鼠になってしまう状況になりました。
間抜けなことに、せっかく家から持って来ていた折り畳み傘を、大きい荷物に入れっぱなしのまま出雲大社前駅のコインロッカーに預けてしまっていました。
急いでマップアプリで雨宿りできそうな場所を探しましたが、灯台付近は厳しそうです。
日御碕神社の正門付近にカフェがあるのを見つけたので、急ぎ引き返して訪ねてみましたが、あいにくのお休み。
雨足はどんどん強まっていくので途方に暮れかけていると、そこに予定よりひとつ前の出雲大社方面行きのバスがやって来ました。
日御碕付近にはまだまだ行きたい場所があったのですが、予約した出雲大社の「夜神楽 特別祈祷」を濡れ鼠で出席するわけにはいきません。
後ろ髪引かれつつ、泣く泣くそのバスに乗り込み、最後部座席に就いて息を吐いた途端、正に「バケツをひっくり返した」ような豪雨が・・・
あと少しでも逡巡していれば完全にズブ濡れでした・・
他の乗客からも次々に安堵の声が漏れ聞こえてきます。
「神様が濡れないようにしてくれたのかも」
という前席の年配の女性らの声に思わず相槌を打ちそうになりました。
個人的には神様に「追い立てられた」ような不敬な思いも少しありましたが、
「また来なきゃな・・」
といろいろ思い巡らせながら着いた出雲大社前のバス停で、そんな不敬さを神様に詫びねばならなくなりました。
出雲大社前のバス停でバスを降りると、雨はほとんど上がっていました。
バス停とひと続きになっている土産物屋さんで傘を買おうか迷っていると、外で参拝客らしき皆さんが何やら騒ついています。
「何やろ?」
と自分も外に出てみると・・・
写真のように、雨上がりの出雲大社御本殿の上空に
「二重の虹」
が架かっているではないですか!
二重の虹を見るのなんて多分生まれて初めての経験だったので、呆気に取られ数分ほど眺めていると間も無く・・
虹は一重になりやがて目視の難しいくらいに霞んでいきました。
あのバスに乗っていなければおそらく見ることができなかったでしょう。
「追い立てられたのではなく、これを見せてくれるために急かされたのでは・・?」
と、先だって神様に悪意を感じたことが恥ずかしくなり、日御碕の方を向き、心の中で何度も謝りました笑。
そして「また来いよ」と云われたのだ、と都合良く解釈し、日御碕再訪を誓ったのでした。
まとめ
この地に宮が造営されたのは、西暦で言うとおそらく紀元前の話になるので、時代スケールが壮大すぎて想像が追いつきません。
何度も改修、改築が行われたとはいえそのような長い時間を風雨に耐え忍びながらこの地を守ってきたと考えながら参拝すると、なんとも言えない感情も湧き起こってきます。
このような悠久とも言える長い歴史を持つ神社が各地方にごろごろ在るんですから、歴史オタクとしてはこの国に生まれることができてよかったな・・と幸せ噛み締めちゃいますね。
今回の記事をまとめると、
- 『日御碕神社』は島根半島の西端にある神社
- 日御碕は水平線に沈む綺麗な夕日が観れるので、夕暮れ時に行くのがオススメ
- 伊勢神宮と「対を成す」と云われるほどの重要な神社である
- 『砂のお守り』を頂きたい場合はなるべく早い時間に参拝した方がいい
- 参拝中に非礼があると見つけられないと噂の『稲荷社』が境内にある
- 近くの経島には海底に遺跡があるという噂がある
- あなたにも奇跡的な何かが起きるかもしれなし起きないかもしれない
ということで、締めたいと思います。
この記事が、これから出雲を旅する皆様の一助になれれば幸いです。
次回は『須佐神社』の参拝記などつらつらと書いていこうと思います。